乳幼児の「トラウマケア」児童養護施設に学ぶ

とある診療所の待合室の入口の壁には、さまざまな色の小さなカードがびっしりと掲示されています。
これらは、治療を乗り越えた「先輩」」たちからの応援の言葉です。
「心の中を片づけたら気持ちが軽くなりました」「気分が晴れるよ」
こんな言葉たちが並びます。
(※2025年5月30日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)
心のケアと向き合う子どもたちへのサポート
この診療所は、2013年に「子どもの回復を支える」ことを目的として設立されました。
場所は西日本にある児童相談所の一角で、児童精神科医と児童心理司が常駐しています。
ここでは、児童養護施設などで暮らす子どもたちが受けた虐待などの影響について評価を行い、必要に応じてトラウマに特化した治療も実施しています。
治療の初期段階では、子どもたちが前向きに取り組めるよう工夫がなされています。
たとえば、「心の中には箱があるんだよ」と伝え、
「その箱には、家庭でのつらい体験や不安な気持ちがいっぱい詰まっているかもしれないね。ずっとふたをしてがんばってきたんだね。でも、そのままだと本当に忘れられるかな? 一緒に少しずつ中身を整理していけば、もう無理にふたを閉めなくても大丈夫になるよ」
と、やさしく語りかけます。
治療は、子ども自身の準備が整っているかどうかを確認しながら、段階的に進められていきます。
児童相談所内で進む専門的なトラウマ対応体制
2011年、ある西日本の児童相談所を含む3つの自治体にある一時保護所で、1か月の間に保護された6歳以上の子ども62人のうち、医師が診察できた子どもたちを対象に調査を行いました。
その結果、およそ80%の子どもに何らかの治療が必要であることが明らかになりました。
この結果を受け、西日本にある該当の児童相談所では、トラウマ治療を専門とする兵庫県こころのケアセンターの精神科医・亀岡智美さんの協力を得て、2012年に研修を開始しました。
そして翌年の6月には、相談所内に診療所が設けられました。
児童相談所内に診療所を設置したことで、トラウマケアに精通した児童精神科医が直接対応できるようになりました。
また、専門研修を受けた児童心理司も支援に加わり、子ども本人や児童養護施設などと緊密に情報を共有できる体制が整いました。
子どもに何らかの変化があった場合も、施設側からすぐに連絡を受けることができ、迅速な対応が可能となっています。
子どもと向き合う勇気、支援者が得た確信と成長
かつては、一時保護の期間のように子どもたちの心が特に不安定な時期に、過去に起きたつらい経験や被害の詳細について直接尋ねるべきかどうか、支援にあたる大人たちの間でためらいがありました。
トラウマに触れることを避ける傾向が強かったのです。
どのように子どもの話を聴き、受け止めるべきか――。
その答えを模索する中で、研修やさまざまな事例に触れることを通じて、支援者自身が「子どもと共に向き合っていく」という覚悟を持てるようになりました。
「ケアは可能です」「回復の道はあります」といった前向きな言葉を、実感を込めて子どもに伝えられるようになり、少しずつ自信も育まれていきました、とこの児童相談所の児童心理司は話しています。
ある日、長年にわたり虐待を受けてきた子どもが「お母さんに怒ってもよかったんだよね」とつぶやいたことがありました。
「親からの支配によって怒りの感情すら押し殺してきた子が、自分と親との関係を冷静に見つめ直す力を持てるようになるのだと、その子から教えられました」と、支援者はその瞬間を振り返ります。
トラウマケアが支える子どもたちの未来への一歩
こども家庭庁は、全国の児童相談所を対象に実施したトラウマケアに関する実態調査の報告書を、5月に公表しました。
この報告書では、「社会的養護に関わるすべての支援者が、トラウマインフォームドケアの考え方を理解し実践すること、そして虐待を経験した子どもに対して包括的な支援を児童相談所が主導していくこと」が強く求められていると述べられています。
また、臨床心理学が専門の甲南大学・森茂起(しげゆき)名誉教授は、「子どもたちが自立を目指すには、まず『将来こんなふうに暮らしたい』といった希望を描くことが必要です。しかし、社会的養護下にある多くの子どもたちは、過去のつらい経験によって、未来について思い描く段階までたどりつけないことが多いのです」と指摘しています。
その上で、「適切なトラウマケアを受けることは、そうした子どもたちが前向きに未来を考えられるようになるための重要な支えになります」と語っています。